西日本新聞
西日本新聞12月25日付朝刊文化面、
「土曜エッセー」に私の拙文が掲載されています。
九州方面のかたはぜひご覧ください。
新聞が届き次第、記事もアップさせていただきます。


さっそく記事を読んでくださったからの反響もありました。

私、小春のCDは残念ながらありません。
予定はあり何年越しになってしまいましたが
来年円盤レーベルで制作の予定。
また、私の師匠、柳家紫朝のCD「粋曲」は
晩年にスタジオ録音した貴重な音源です。
制作もとのリテラリオ、
またHMV、ゼアミ、などインターネット通販でも購入可能です。
よろしくお願いいたします。

※新聞記事アップしました(2011/1/1)
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三味線を弾いたり端唄など唄ったりしておりますと、いまの時代に珍しいからでしょうか、
始めたきっかけを良く聞かれます。自分の場合はとてもはっきりしていて、20年前に師
匠の芸に偶然出会ったからです。親がやっていたり子供の時分から習わされたわけでもな
く、偶然目の前で「柳家紫朝」という人の高座を見てしまった。その時の衝撃はいまでも
記憶に甦ります。紋付を着たおじいさんが三味線を弾きながら唄う「粋曲」は、どちらか
というと派手ではなく渋く地味な芸。とくべつ笑わせるわけではないけれど、どこか可笑
しみのあるお喋りを少しして、都々逸や俗曲を唄う。いまならこうして普通に言えますが、
二十歳すぎの私にはそれが何だかわかりませんでした。聞いたことのない音楽でした。と
ても新しいものに感じ、アヴァンギャルドにさえ感じました。時空を超えるような不思議
な感覚。その音が衝撃的に良かったんですね。居ても立ってもいられないとはこのこと、
家に帰ってすぐに百科事典で調べました。インターネットなどまだない時代です。それで
も気持ちはおさまらず、近所に三味線と唄を習いに行き、いろいろ音源を聴きました。さ
てすると同じ曲でも他の人がやるものは全く別物に聞こえ、「あの人」の芸が良かったの
だと気づきました。そしてどうしてもまた聴きたいという思いと勢いで入門。毎回の稽古
が自分には大変な贅沢です。自分にとって人間国宝のような存在の人が、目の前で演奏し
てくれる。稽古はできるかぎり休まず通い、師匠の稽古ができなくなるまでの間、とにか
くその芸を浴びたわけです。不思議でした。同じ曲を何度聴いても飽きることがなく、む
しろ聴けば聴くほど深さが増します。稽古場でその芸を自分ひとりしか聴いていないのが
惜しくて悔し涙が流れたこともありました。さあ、どうしてそんなに良いのか、それを解
明するための20年だったような気がします。自分なりの方法は学問のように研究するわ
けでもなく、シンプル。とにかく師匠と同じようにやってみるだけでした。言葉での説明
は殆どありません。ただ聴いて、なぞる。盗む。昔ながらの稽古です。譜面もありません。
繰り返しやっていくうちに、何かを自分で少しずつ見つけることができました。それは目
に見えない、音にも聞こえない、間のような部分です。それがひとつながりになって何か
を生み出している。そういうものを曲の奥に発見したときの喜び。その積み重ねです。師
匠は今年の四月に亡くなり、自分が芸をやっている元々の理由がなくなってしまったわけ
ですが、師匠が与えてくれた目に見えないもの、その灯を心のなかで消さぬよう、初心を
忘れず続けていこうと思います。今の時代は何でもお手軽便利ですぐにマスターした気に
なり、節操なくいろんなことをやってしまいがちですが、ひとつのことを地道に続けるこ
とによってしか得られないものがあると思います。そう身をもって感じられる瞬間が、い
までもあり続ける。だから芸を続けて来てよかったと思うのです。それはきっとジャンル
を超えて共通する宇宙的な何かです。そんなことを大切にしながら昔の音楽をいまに甦ら
せることができればと思っています。

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やなぎやこはる 音曲師。1967年東京都生まれ、在住。91年柳家紫朝に入門、現在は
ライブハウスなどでも演奏活動中。またイソノヨウコ名義ではイラストレーターとして
「婦人公論」「東京人」などで活躍。
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by koharu-ya | 2010-12-25 16:01 | 徒然 | Comments(0)
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